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2011年 ホクギンマンスリー 表紙絵ギャラリー

2011年のホクギンマンスリーの表紙絵は、多摩美術大学教授で秋山孝ポスター美術館長岡 館長の秋山 孝 氏から描き下ろしで描いてもらっています

《秋山 孝 氏 プロフィール》

多摩美術大学教授
秋山孝ポスター美術館長岡/館長
1952年長岡市生まれ。上組小学校、宮内中学校、長岡商業高等学校、多摩美術大学卒業。東京芸術大学大学院修了。1986年、自然保護ポスター「WILD LIFE-HELP」でワルシャワ国際ポスタービエンナーレ・金賞を受賞し、1998年、インド核実験反対のポスターで国連賞を受賞する。他、各国のビエンナーレにおいて多数受賞。フィンランド、メキシコ、イタリア、ウクライナ、中国、アメリカで国際ポスター展の審査員として招聘される。著書に「キャラクターコミュニケーション入門」(角川書店)「Chinese Posters」(朝日新聞出版)他多数

「越後の美」発見シリーズ(2011年)

※表紙の画像をクリックすると拡大します。

2011年11月号

秋山孝ポスター美術館長岡

イラストレーター 秋山 孝

「越後の美」発見シリーズの最終回は、「秋山孝ポスター美術館長岡」を選んだ。2009年7月11日に開館し日本で唯一のポスター美術館で都市景観賞を受賞している。この歴史的建造物は1925年(大正14)に建設され、北越銀行宮内支店として宮内・摂田屋地区の人々と共に歩んできた。しかし、戦災や度重なる地震などによって老朽化したため修復保存し、地元の多くの人々の協力を得てここに簡素なモダンな美術館が誕生した。歴史ある醸造の街旧三国街道の宮内・摂田屋地域の魅力を再発見し新たな街づくりとして「文化と自然」「美と教育」の実現に貢献したいと願っている。

2011年10月号

山古志の棚田

イラストレーター 秋山 孝

山古志は、重要無形文化財に指定されている「牛の角突き」で知られている。体重1トンもする牛の巨体の激突は、圧巻で500年の伝統を受け継ぐ神聖な行事だ。みごとな肉体美とたくましい姿の牛は、家族の一員で愛されている。だからこそ長年続けられる要因だ。2004年の中越地震の自然災害を乗り越え復興する姿を見ることができる。山深い山古志の棚田は、越後の大切な美の風景だ。春夏秋冬のそれぞれの季節の変化から受ける自然の美とそこに暮らす人々の関係がある。その美しさの造形は、山間にある手の込んだ棚田の自然を感じさせる連続性のある水平感だ。四季の光輝く歌声が聞こえてくる。

2011年9月号

機那サフラン酒製造本舗土蔵

イラストレーター 秋山 孝

日本で最も美しい蔵と呼ばれている大正末期に造られた「機那サフラン酒製造本舗土蔵」は、長岡市摂田屋にある。子供の時から当り前の風景であったが美しさだけは気がついていた。小江戸と呼ばれる川越を代表とする関東一円の蔵造りと比較すると、なんとも軽快感のある美しい形だ。どこに違いがあるかと言うと、川越で見られる蔵は屋根が重々しく見栄を張ったようなデザインとなっているが、サフラン酒蔵は屋根が軽く河上伊吉の鏝絵が施されている。日本の中でここまで美しい鏝絵は見たことがない。創業者吉沢仁太郎のアートのセンスは計り知れない美意識を感じる。

2011年7月号

越後の花火

イラストレーター 秋山 孝

少年時代、長岡の夏祭りがやってくるとワクワクする気持ちになった。我が家に親戚のいとこ達が集まって来て屋根に上って花火を観る。ゴザを敷いてスイカやトウモロコシを頬張りながら夜空に咲く花火を観賞する。思い思いに綺麗さの分析やうんちくを語り楽しむのだ。少年は、そのうちに睡魔に襲われメインイベントの三尺玉を見逃してしまうのだ。もともと長岡の花火は第二次大戦からの戦災復興のシンボルだ。70万人から80万人の人が訪れるが、イントロには必ず亡くなった人などへの弔いの花火が上げられる。新潟県の三大花火といえば長岡花火、柏崎花火、片貝花火だ。

2011年6月号

醤油桶

イラストレーター 秋山 孝

人間にとって古い醸造業は、「越後の美」の一つにあげられる。ぼくの町の摂田屋にはみごとな醤油桶がある。ここに描いた「越のむらさき」の桶は1928年(昭和3)に製造され、材質は杉材で重さ1トン、9,000リットルの生揚げが入る。工場で熟成したもろ味を搾った生揚げを入れたものだ。1.8リットル瓶で約5,000本の醤油になる。旧三国街道沿いにあった上組小学校を登下校するときに醤油の香りと酒蔵を歩くのが日常だった。東山と田んぼそれに雪、それぞれが与えてくれる自然の恵みが、ぼくに美しさの源を作ってくれたと思う。

2011年5月号

佐渡島

イラストレーター 秋山 孝

佐渡は、歴史があって魅力的な島だ。順徳天皇、日蓮、世阿弥が配流された地でもある。ぼくにとっては、子供のころ読んだ「あんじゅ恋しやホーラホイ ずしおう恋しやホーラホイ」「安寿と厨子王丸」が鮮烈な記憶として心に刻まれている。厨子王は、この歌を聞いてこれぞ母と知り、駆け寄りすがりついた。切なさと愛情をぼくは知った。また、1689年松尾芭蕉が出雲崎で詠んだ「荒海や佐渡に横たふ天河」あまりにも有名な句は、佐渡のイメージと文学的な感性を決定づけた。さらに、「佐渡おけさ」は、母の思い出であり、底辺に流れるぼくの音楽だ。

2011年4月号

桜・悠久山

イラストレーター 秋山 孝

京都大学名誉教授・黒岩澄雄先生に奈良にある関西文化芸術学院でお会いしたのが春だった。その日はとくに清々しく爽やかな日だったので桜前線が話題になった。すると先生が「桜前線」の名付け親は私です。目の当たりにして嬉しくなった。本物に出会った喜びだった。ソメイヨシノの開花前線のことを意味するということだ。ぼくの桜といえば長岡の悠久山だ。やや遅い桜前線だが越後に春がやってくる喜びだ。桜は、咲いて一瞬のうち散るはかなさが美しいと思っている。高田公園、村松公園、大河津分水桜並木もみごとだ。

2011年3月号

春の太田川

イラストレーター 秋山 孝

越後の冬は長く、生活する人々は豪雪に耐える。やっとわずかに感じる雪解けは、春を待ちわびた喜びだ。そして、緊張が解けるかのように山々の雪は解け、静かに流れだす。大地に滲み込み湧水となり、小川に注ぎ川となる。ぼくの生まれ育った越後宮内・摂田屋は古くから醸造の町だ。そこに流れる信濃川支流、太田川は上流山古志村に通じる。その恵みが静けさを生み、心豊かな生活を造る。子供のころから太田川のせせらぎの音を聞き、四季折々の風景を見ながら山あいの蓬平(よもぎひら)を訪れた。

2011年2月号

雪・北越雪譜

イラストレーター 秋山 孝

「北越雪譜」は江戸後期に魚沼郡塩沢で縮仲買商・質屋を営んだ鈴木牧之が越後魚沼の雪国の生活を著した。雪の結晶のスケッチから雪国の風俗・暮らし・方言・産業・奇譚まで雪国の諸相を豊富な挿絵も交え詳細に記した。
牧之の鋭い観察眼に雪に対する愛情と美を見ることができる。
ぼくは、さらにそのエレメントを抽出し象徴的に表現した。それは雪一つ一つの連続するつながりだ。まさに自然と人間の一体化した関係だ。そこには絶対的なつながりがある。

2011年1月号

とき・ニッポニアニッポン

イラストレーター 秋山 孝

「越後の美」発見シリーズの第1弾は、新潟を象徴するトキを描いた。そして、くちばしに神に捧げる稲穂を持たせた。1971年、ぼくは進学のために新幹線のない時代の上越線特急「とき」で上京した。その後、1981年東京芸術大学大学院修了制作において、作品集「TOKI」(処女作)を出版した。2008年9月25日に佐渡市にて、トキの野生復帰にむけた試験放鳥が行われ、復活したトキの大空を羽ばたく姿には優雅な美しさを感じた。美しい日本の伝統色「鴇(とき)色」を持つトキの学名は、ニッポニアニッポンだ。さらに古代エジプトでは、トキはトト神と呼ばれ学問の神である。

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